破壊神の系譜

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  20.刻印  



 ジャックは、腹を押さえてうずくまる遊星の胸倉をつかみ上げ、力ない身体を大木に押さえ付けた。
 苦痛に顔を歪める遊星は、しかし抵抗はせずされるままになる。浅く早い息に肩を上下させているが、すでに覚悟を決めているのか遊星は黙って目を閉じていた。

 「遊星」

 ジャックが耳元で囁く。
 周囲には聞こえぬほどの小さな声に、遊星は細くその蒼く美しい瞳を開いた。

 「遊星・・・なぜ、勝てる見込みのない“決闘”など挑んだ?貴様とて、己の状態はわかっていたはずだ。」

 魔法も使えてわずか数回、効果を使わなければ上級魔獣すら喚べなかった。いくら己の力を過信していたとしても、苦戦することくらい賢い彼ならばわかっていたはずだ。
 そして、魔力の枯渇した状態で無理に魔法を使えば死にいたることすらある。
 そこまでして、仲間を守りたかったのか。己の命も顧みず、傷つくことさえ厭わずに。
 ぐっ、と鷲掴んだ胸元を圧迫してやれば、遊星は苦しそうにジャックの腕に手をかけた。
 遊星の右腕と、ジャックの右腕。二つの痣が、一瞬ぽぅっと呼応するように輝いた。

 「・・・見た、かったんだ・・」
 「なに?」
 「ジャックの・・・キングとして、闘う・・姿を・・・」

 意外な言葉に、ジャックは押さえつける腕を緩めた。圧迫するものがなくなり呼吸が楽になった遊星も腕を下ろし、今にも遊星に向かって駆け出してきそうなブリッツとタカを牽制しているドラゴンを見やった。

 「“真紅の悪魔竜”じゃ、ないんだな・・・」

 遊星が口にしたジャックの最強の僕の名に、ジャックはわずかに目を見開いたが、しかし動揺を悟られぬように淡々と答えた。

 「・・・あぁ・・回復したとはいえ、まだ俺の魔力ではアイツは喚べなかったからな。」
 「そうか・・・残念だ・・」

 見たかったな・・・と呟く遊星の顔には、この現状にもこれから帝国へ連れて行かれることへの恐怖もなく、ただ本当にジャックの真の僕の姿が見れなくて残念に思っているようだった。それどころか、今は仲間たちの危険を心配している様子もない。
 違和感を感じつつも、ジャックは今の遊星は誰にも心をとらわれずにいることに仄かな喜びを感じた。
 口端を吊り上げると、ジャックはその小さな耳に吹き込むように囁いた。

 「・・・貴様が望むなら、いつでも見せてやる。貴様を、我が僕の糧としてな・・・」
 「・・・は?」

 どういうことだ?そう問おうとしたら、ジャックたちのもとに数人の騎士たちが駆けつけた。
 中の一人は、大きな箱を抱えている。

 「キング、お下がりください。あとは我々が。」
 「魔女め、動くんじゃないぞ。」

 二人の騎士が左右から遊星の肩と腕を掴むと、背後の大木に押さえ付ける。
 そしてもう一人の騎士が、箱の中から小型の機械を取り出した。どうやらその箱自体なにかの装置のようで、手の中に納まる程度の銃の形をしたそれは箱と黒いコードでつながっていた。

 「・・・マーカーを付けるのか。」
 「はい、皇帝から魔女を捕らえたら必ずせよとの仰せです。」

 マーカーという言葉に、遊星の顔がわずかに強張ったのがわかった。
 マーカーを付けられれば、帝国では一生奴隷扱い。どこへ逃げても、探知機能の付いたそれは必ず対象の所在を突き止める、枷という名の刻印だった。

 「暴れないように押さえておけよ。」
 「わかってるさ。」

 声を掛け合う騎士たちに、装置を持った騎士が遊星に歩み寄る。
 遊星も覚悟していただろうが、マーカーの刻印は想像を絶する痛みを伴うという。痛みに恐怖するのは人間の本能だ。近づいてくるその時に、遊星は我知らず身体を強張らせた。

 「・・・待て。」
 突然、ジャックが装置を持った騎士の肩を掴んだ。
 これには他の騎士も、遊星すら驚いた。

 「キング?どうかしまし―――」
 「俺がやる。貸せ。」

 ジャックはさっと騎士の手から装置を取り上げると、遊星の前に立った。
 マーカーの刻印は別に誰がやってもいいのだが、指揮官であるジャック自らがするというのはないことなので騎士たちも思わず困惑してしまった。しかし、ジャックはそんなことは気にもとめず、同じく驚き呆けている遊星の顎を左手で無造作に掴み左の方へ向けさせると、騎士のひとりに尋ねた。

 「マーカーは、顔でいいんだな?」
 「え、ええ・・・見える位置なら・・」

 戸惑い答える騎士に確認すると、ジャックは装置を構えて遊星を見た。
 遊星の蒼い瞳には不安の色が見えたが、ジャックと目が合うと意を決したように静かに瞼を閉じた。

 ジャックは、一つ呼吸を置いて、装置のスイッチを入れた。

 「っ、うああああああああっっーー!!」

 皮膚を焼き、刻みつけられる印に遊星の悲痛な悲鳴が上がる。マーカー刻印の痛みには、どんなに屈強な男であろうと耐えられるものではない。あまりの激痛に暴れだす遊星の身体を二人の騎士が押さえつけ、頭部を押さえるジャックの左手にも力が込められる。
 苦痛を長引かせないよう、手早くマーカーのラインを描き終えると途端に遊星の身体から力が抜けた。
 がくんと膝が砕け倒れこむ身体を左右の騎士が抱え上げると、ジャックは遊星の顔がよく見えるよう顔を上げさせる。
 遊星の左の頬には、左の目もとから顎のあたりまで黄色いマーカーのラインが刻まれていた。始めてマーカーを刻んだジャックにしては、曲がりもせず形としてはいいだろう。
 だが、想像を絶する痛みを体感した遊星は、息も荒く瞳には薄く涙さえ浮かんでいた。

 引きずられるように立たされた遊星は、そのまま騎士に抱えられて出立の用意をして魔獣に乗る騎士たちのもとへ連れて行かれる。
 ジャックも装置を騎士へと渡し踵を返した、そのときだった。


 「やめて!遊星を連れて行かないでーーーーーっ!!」

 涙交じりの幼い声が、その場一体に響き渡った。
 振り向くとオレンジ色の髪の少年が、肩を震わせて立っていた。ラリーが、目を覚ましたのだ。

 「・・・ラリー・・・」
 「ジャック、どういうことだよ!?遊星を助けるんじゃなかったのかよっ!なんで、遊星が捕まって・・・ジャック、なんでだよ!!」

 目覚めたばかりのラリーには、現状が理解できないのであろう。混乱し、わめきたてるラリーをナーヴが後ろから羽交い絞めにして押さえているほどだ。


 大好きな遊星が帝国に捕まって、ジャックはそれを止めようともせず自らも帝国軍たちのもとへ行こうとしている。なんで、どうして!?ジャックは帝国の奴らを説得して、遊星を助けてくれるんじゃなかったの?だから、俺に協力をしてくれって・・・

 「ラリー、落ち着け!悔しいが、もうどうにもならないんだ!」
 「遊星はジャックと“決闘”をして・・・負けちまったんだ。」
 「ジャックと“決闘”を!?」

 ナーヴとブリッツが悔しそうに肩を震わせて言った言葉に、ラリーは耳を疑った。
 遊星が負けたことも信じられなかったが、ジャックが魔獣を使えたことにはもっと驚いた。では、この目の前にいる恐ろしいドラゴンがジャックの魔獣だというのだろうか。

 「遊星とジャックの“決闘”は、俺たちのお遊びの“決闘”じゃない。互いの命を賭けた、本当の“決闘”だ。・・・負けた遊星は、帝国に連れて行かれる。」

 どうしようもないんだ、と声を震わせるナーヴにラリーは憑き物が落ちたように全身の力が抜けて、その場に座り込んだ。

 「なん、で・・・だよ・・」
 小さな手が、焼かれ黒くなった地面の土を掻きむしる。

 「なんでっ・・・、ジャック言ったじゃないか!ここにいたいって、遊星と俺たちと一緒にこのサテライトに残るって!」

 ラリーの叫びが虚空にこだまする。幼い身体全身で叫ぶ姿に、ナーヴもタカもブリッツもほかの集落の人々も、魔騎士たちですらその必死な少年の声につい耳を傾けてしまった。

 「ジャックは今まで帝国人とは違うって、俺ずっと思ってた!優しくて、かっこよくて、いままでの帝国の奴らとは全然違う!俺、ジャックと一緒にいてすごく楽しかったんだ!!遊星だってッ・・・ジャックが来てからかわったんだ!いつも俺たちは遊星に頼ってばっかで、いっぱい苦労かけて・・・でも、ジャックと一緒にいるとき遊星は本当に楽しそうに笑ってた!俺、それがすごく嬉しかったんだ!!だからッ・・・俺は、これからもジャックと遊星と一緒にいたいんだッ!!」

 遊星だけでなく、ジャックともまた一緒にいたいというラリー。
 ジャックは不思議だった。集落を破壊し、彼らの大切な遊星を傷つけ奪おうとしているのに。それでもまだ自分を信じているまっすぐな瞳を、幼さ故の純粋な無知などと言って切って捨てることは、できなかった。

 だが、もう後戻りはできないのだ。舞台に上がった道化は最後まで、偽りの演技を続けるしかない。

 「―――・・・ラリー」
 「っ・・・ジャック・・・」
 「・・・俺は、お前達とは違う。俺は帝国人だ。奪うことでしか、何もなすことはできない。」

 帝国の空に星がないのは、すべての輝きを奪ってしまったからか。いずれは最後に残った月ですら、夜空から消えるのかもしれない。そして、最後に残るのは真っ暗な闇だけ。
 お前たちの憎悪という闇を背負う覚悟で、俺はお前たちの希望の星を奪っていく。たとえその星が、俺への憎しみに輝きを失うことになっても。

 「俺はお前とは違う。お前が思うような男は、初めからいなかった。」
 「ジャックっ・・・」
 「・・・魔女を連れて行け。」

 冷たい命令を下し、ジャックは再度踵を返しその場を後にしようとする。

 「ジャック、待って!!」
 「おいっ、ラリーよせ!!」

 ラリーは、止めようとするブリッツやタカの間をぬって魔獣の前に飛び出した。
 恐ろしい相貌が、矮小な人間の子どもを見下ろす。
 魔獣の強面に悲鳴を上げそうになったラリーだが、その向こうでは遊星が魔騎士の操る魔獣の前に引きずられていく。このままでは、本当に遊星が連れて行かれてしまう。

 「っ・・・ジャック、の・・・ジャックのっ・・・」

 しゃくりあげるラリーの足元に、魔法陣が現れる。その情景にナーヴたちは目を見張り、ジャックも魔力解放の気配に足を止めて振り向いた。

 「―――ワンショット・ブースター、召喚!!」

 魔法陣の中から、両手に大きなブースターを持つ黄色の機械魔獣が現れた。
 ラリーの魔術師としての力はまだかなり低い。当然ジャックのエクスプロード・ウィング・ドラゴンに太刀打ちできるはずもなかった。しかしラリーは感情に任せて魔獣を召喚し、戦略も魔獣の特殊効果の考慮もなしに敵魔獣と対峙しているのである。

 「―――っラリー!駄目だ!!」

 それまで大人しく魔騎士たちに捕まっていた遊星だが(実際、魔力の消耗と身体のダメージに今にも気を失いそうな状態なのである)、ラリーが魔獣を召喚したことに気づき、魔騎士たちを振り払って声の限り叫んだ。しかし、暴れだした魔女に魔騎士たちは遊星の腕を強く捻り上げて抑え込む。

 「・・っ・・ジャックの、ばかぁああーーーーーっっ!!」

 ラリーの叫びに呼応するかのように、ワンショット・ブースターは果敢にも自分よりも何倍も大きいドラゴンに一直線に突っ込んでいく。
血迷ったのか、と誰もが驚くが、実際ラリーは何も考えずに攻撃をしてしまった。
 あのような超低レベルの魔獣の攻撃で、ジャックの魔獣はどうなりもしないだろう。しかし、そこではっと、ジャックはあることに気づいた。

 「ジャック!攻撃をさせるな!!」

 遊星の叫びに、ジャックもようやく現状を把握した。
 ラリーと黄色い魔獣の位置は、ジャックの魔獣の前方直線上。そして、ラリーの後ろにはナーヴたちを含む大勢の人々がいた。ジャックはドラゴンに攻撃命令を出していなかったが、ラリーからの攻撃では魔獣は反射行動として向かってくる魔獣を迎撃してしまう。二体の魔獣の攻撃力の差は歴然だ。また、いま魔獣が迎撃をすれば、ラリーだけでなく多くの住民たちを攻撃に巻き込んでしまう。

 「ッ!?―――撃つな!エクスプロード!!」

 ジャックが静止の声を張り上げたが、時すでに遅し。魔獣は口内に炎の渦を溜め、すでに攻撃態勢に入っていた。この状態では、魔獣に術者の声は届かない―――

 魔獣から放たれる炎の渦が、小さな魔獣を飲み込もうとする。

 「あっ―――!?」

 自らに襲いかかる真っ赤な光に、ラリーも我に返ったようだ。
 肌を焦がす熱風に、ラリーは一瞬にして恐怖にのまれた。






 「デッド・ガードナー召喚!!」


 炎の渦が今まさにラリーを包み込もうとする直前、炎は突如その軌道を変えて大きく上空へと跳ね上がった。
 蛇がとぐろを巻くようにうねる炎は、そのままいつの間にかエクスプロード・ウィング・ドラゴンの背後にいた白い魔獣を飲み込んで、破壊した。

 「うあああああっ!!」
 「遊星!?」
 「「「「遊星っ!!」」」」

 破壊された魔獣のダメージは、術者である遊星の周りにも炎として具現化し術者に襲いかかる。実際、遊星の身体が燃えることはないのだが、炎の熱は本物で遊星を捕えていた騎士たちも驚愕し遊星から離れた。
 腕が自由なら、心臓のあたりを掻きむしっていただろう。全身を襲う激痛に、息もできないほどだった。

 「っ・・・ぁ・・・」
 「遊星っ!!」

 炎が消え、ぐらりと傾ぐ身体が倒れる寸前、ジャックが遊星を受け止めた。
 完全に意識を失った遊星は、ジャックがいくら呼びかけても答えない。騎士たちの中にも、不安が広がった。まさかあのような状態で、遊星が魔獣を召喚できるとは誰も思わなかったからだ。

 「キング、早く魔女を帝国へ。帝国に戻ればすぐに医師に見せることができます。」
 「あ、あぁ・・・そうだな。」

 イェーガーも若干驚きの色を見せてはいたが、冷静な助言にジャックは遊星を両腕に抱き上げ騎士たちに指示を出す。魔獣の背に乗りこむ直前、ジャックは一度ラリーの方を振り返った。
 ラリーはその場にへたり込み、いつもは興奮に頬を染めている顔を真っ青に青ざめさせていた。
 ラリーは幼いが、無知ではない。我に返り自分のしでかしてしまったことの重大さに気づいたのだろ。一歩間違えば、自分だけでなく多く人たちを巻き込んでいた。そして、それを防ぐべくして遊星に大きな負担をかけてしまったのだ。

 「ゆ、せい・・・ぁ・・おれ・・・っ」
 「・・・魔女の身柄は、帝国が丁重に保護する。」
 「っ・・!!」

 声にならないラリーに、ジャックははっきりと言葉を告げると騎士の操る魔獣に乗り込み、魔獣達は傷ついた集落に嵐のような旋風を巻きを越して一斉に空へと舞い上がった。



 「・・嫌、だ・・・まって・・待って、遊星!!」

 ぐんぐんと高度を上げ遠ざかる魔獣達の後を、ラリーは必死に追いすがり名を呼んだ。

 「遊星ーーーーーー!!」


 悲しみに満ちた幼子の叫びは、雲ひとつない空の青さの中に吸い込まれて消えた。


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