破壊神の系譜
13.「余熱」
正直、気まずい。
遊星は、朝から自分に一身に注がれている視線に、やや顔をうつむけて、黙々と食事を口に運んだ。
味のない食事をしたのは、初めてだった。
昨夜。気が付くと、遊星は自分のテントに戻って来ていた。
かけ物をしっかりと掛けられた寝床から、ゆっくりと起き上る。魔力不足のためだろう、頭痛がする。身体も、少しふらついていた。薄闇の中を見渡すと、先ほどと全く変わらない様子でラリーが健やかな寝息を立てていた。
ジャックの姿はなかった。そのことに、少しほっとした。
ふと、遊星は己の姿を見下ろす。
濃紺の衣の前のあわせにはボタンがなく、かけ物の掛った足元には湿った感触がある。(さすがにあの後だ。着替えはさせなかったらしい。)しかし、それでも濡れた裾は乾いているところまで折り畳まれており、乱れていた衣もちゃんと整えられていた。
そして、かけ物の上にはジャックの白い上衣が掛けられている。
遊星は、そっとその破けた右袖の切れ目に触れた。
怪我をさせてしまった。
ジャックがいきなりあんなことをしているから驚いて、少し怖くて。
一応治したと思うのだが、涙で視界が歪んでいてひどく動揺していたから記憶が曖昧だった。
「(ジャック・・・)」
ジャックは、なぜ突然、あんなことをしたのだろう。
いきなり押し倒されて、服を剥かれて。体中に口付けの痕を残されて、その上を硬い大きな手で撫でまわされた。
予想もできない事態に、ただただ混乱して、震える身体は、彼を押し返すことができなかった。
性的なことに非常に淡泊だった遊星でも、あれの意味することはわかった。
でもそれはあまりに信じられないことで、すぐに確かな答えとして理解することができなかったのだ。
ジャックは、遊星を抱こうとしていた。
本来、男女が睦み合い、子を成すための行為であるそれが、同性間で行われることもあるのは知っていた。しかし、それは苦痛と恐怖と恥辱をともなう卑劣な行為だと思っていた。
サテライトは、いわば無法地帯。
権力に従属しない代わりにその庇護も受けられず、決して安全な土地ではなかった。一歩結界の外に出れば、そこは獣と盗賊たちの領域。
まだ戦火がサテライトにまで及んでいない頃は、奴らの動きもそう目立つことはなかったのだが、長く続く戦乱に敗戦国の残党や帝国を追われてきた罪人たちがサテライトに流れてきて、サテライトは居場所なき者たちの吹き溜まりと化してしまったのだ。
彼らは少人数で徒党を組み、常にサテライトの広大な森を移動している。小さな集落が襲われることも珍しいことではなく、時には彼らの慰みものとして、若い娘や見目のいい少年までもが連れ去られてしまうといった話は多々あった。
遊星は、男でありながらも身体が細く華奢で、全体的にも線の細さ目立つ印象があった。故に、森へ薬草類を採りに行く時に限らず、テントの中にいるとき以外でさえも必ず大人たちが付き添っていた。
幼いころには気にならなかったそれも、年頃になって物事の理解ができるようになると、自分はそういう対象なのかとやや思い悩んだこともあったが。(今は幼馴染であるナーヴたちが付き添ってくれるから、あまり意識しなくていいけれど)
しかし押し倒され、抵抗できない非力な現実に直面した今は、大人たちの心配ももっともだったのかと情けなくなる。
遊星は、首筋に触れた。
ここにジャックの付けた痕がある。
いままで肌の上に口付けられたことはあまりなかった。
しても触れる程度のものだ。痕が残るほど、きつく吸われたことはない。
「(熱い・・)」
触れた唇は、とても熱かった。
チクリとした小さな痛みが与えられるたび、身体が浮き上がるような感覚がして、限りない羞恥と緊張を感じながらも、切ないようなもどかしいような疼きが胸の内を満たしていった。
あんな感覚、初めてだった。
首筋から鎖骨へ降りていった口付けの痕を追って、指が下へ降りていく。
自分でも貧弱だと思う筋肉のない身体をたどっていくと、指先が胸の頂を掠めた。
「ぁ・・・」
思わずこぼれた声に、はっとする。
そしてようやく、自分が何をしていたのか現状に気が付いて、そのままかぁああっと顔が熱くなった。
「(・・おれは・・なにを・・・っ)」
遊星はぱたりと腕を掛け物の上に投げ出すと、しばし呆然として、そして、そろそろと寝床の中にもぐり直した。(こんなときでも、なぜか行動は冷静だ。)しかし、頭まで掛け物をかぶってしまうと、それまでの羞恥が一気に爆発した。
なんで、と自らに繰り返し問いかける。
ジャックの口付けの痕を思い出して指を這わせ、思わず出た甘い声。
その無意識さが恐ろしい。
顔のほてりが治まらない。
いままで、ジャックに口付けられてもこんなに意識したことはなかったのに、なぜ。
考えれば考えるだけ、ますます顔の熱が上がった。
遊星は、火が出そうなほど真っ赤になった顔と、再び熱を呼び覚ましてしまった身体をきつく抱きしめた。
心臓が、うるさいくらい早鐘を打っている。勝手に乱れる呼吸を、口元を押さえて整えようとする。
結局、その冷めやらぬ熱のおかげで、明け方ジャックが戻るまで一睡もすることができなかった。