破壊神の系譜

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  18.裏切  


何が起きているのか分からなかった。

結界を挟んでの帝国軍とにらみ合いの中、突然ジャックがラリーを連れて現れた。
そして、気を失っているラリーの喉元に剣を突き付けて、冷たく言い放つ。

「結界を、解け」と―――――






「ジャック!お前、俺たちを騙していたのか!?」
「俺たちは信じていたんだぞ!お前は、今までの帝国の奴らとは違うって。なのに、なんでこんな裏切るような真似を――――!!」

どうしてだ!!と叫ぶナーヴたちの声を背に受けながら、遊星は目の前の光景に何も考えられなくなっていた。


今、遊星を襲っているのはかつてない驚愕と絶望―――そして、悲しみ。
なぜ。どうして。その言葉ばかりが、頭の中を氾濫していた。

信じていた。信じたかった。
ナーヴに言われた時、わずかでもジャックを疑った己を悔いた。
そんなはずはない。ジャックに限って、そんなこと。
しかし、まさかという思いが、心の片隅に取れない棘のように今の今まで残っていたことも事実だった。
遊星は、幼いころからこういう勘がよく当たった。それも、悪いことに限ってはなおのことよく当たる。
いくら心で否定しようにも、胸を騒がせる不穏は“それ”が起こるまで消えないのだ。

そして、今回も“それ”があってしまった。
魔物と対峙する時も、消えることのない焦燥感。次第にひどくなっていく不安感。
だが、心は最後まで抵抗を続けていた。
ジャックが、自分を、自分たちを裏切るはずがないと――なのに――――運命は、あまりにも残酷すぎる瞬間を用意していた。

「・・・ジャック・・どうして・・・・」

わななく唇は仮面のおかげで見えなかっただろう。しかし、震えた声音はくぐもっていてもわかったはずだ。心を乱してはいけない。集中力が途切れれば、結界が崩れてしまう。だが―――

「どうしてだ、ジャック!!」
怒り、悲しみ―――この名前のつけられない感情は、いったいどうすればいい。

声の限りに叫ぶ遊星、ともすれば悲痛なその叫びを聞いてもジャックの表情は眉一つ動かされず、剣を持つ手もゆるまなかった。

「・・・結界を解け、遊星。こいつの命が惜しくはないのか」
「っ、やめろ、ジャック!!」

刃が柔らかな皮膚に押しあてられた。あと1ミリでも刃を動かせば、確実に皮膚は切り裂かれ鮮血が散る。
ジャックは本気だ。遊星は留めるように手を伸ばしたが、その手はラリーまで届かない。
どうすればいい。このままではラリーが。
だが、結界を解いても、ラリーの命が保障される確証はない。むしろ、無防備になった遊星たちがさらに危険にさらされることになる。だからと言って、そのためにラリーを見捨てるもできるはずがなかった。

「(どうすればいい。俺は―――)」
「・・・心配せずとも、これ以上この集落に危害を加えることはしない。ラリーも無傷で返そう。もっとも、すべてはお前次第だがな、黒バラの魔女よ。」

遊星の心を読んだかのように告げるジャックに、遊星ははっと息をのむ。
黒バラの魔女。そう呼ばれるたびに、胸の奥が締め付けられるように苦しい。

信じていいのか。ジャックは、自分たちを騙し裏切っていたのだ。そんな奴の言葉を、再び信じていいのか。
わずかな逡巡ののち、遊星はゆっくりと両腕を持ち上げ目の前で複雑な形に細い指先を組み合わせた。
嫌いな勘が告げているのだ。今の言葉は、信じてもいいと。
遊星は、相変わらず冷たい紫の瞳から目を離さず、小さく呪文を呟いた。

「・・・魔法解除」

パリーーーンッ

ガラスが砕けるような高い音を響かせ、結界は遊星の足元に輝いてた魔法陣ごと砕けて消滅した。
結界の消滅に、人々が不安の声を上げる。当然だ。突如として自分たちの守るものがなくなり、至近距離には多数の魔獣達が獰猛な牙を見せつけているのだから。
結界が解かれるとジャックは剣を退き、踵を返して魔騎士たちのもとへ歩いて行く。
解放されたラリーに遊星は駆け寄り、ぐったりと動かない小さな体を抱き起こした。

「おいラリー、ラリー!」

頬を軽く叩きながら揺さぶると「う・・・」と呻くように身体を身じろがせたラリーは、まだ目覚めないまでも命に別条はないようだ。
魔獣を警戒しながら遅れて駆けよってきたナーヴたちに囲まれる中、遊星はラリーを腕に抱き抱えたまま、帝国軍たちを見遣った。

淀みなく歩を進め魔騎士たちの前でジャックが立ち止まると、それを合図にするかの様に魔騎士たちは一斉にその場に膝をついた。イェーガーも、その上質の絹が炭に汚れるのも構わず片膝をつき右腕を胸の前に掲げる。

「無事戻られましてなによりです、キングよ。」
「キング!?」

恭しく頭を下げ言葉を尽くすイェーガーに対し、それを見ていたナーヴたちをはじめ、集落の人々全員が顔色を変えてどよめいた
キングと言えば、サテライトでも知らない者はいない帝国最強の魔騎士のことだ。
大地をも揺るがす強大な破壊力をもつ魔獣“紅き悪魔”を駆る魔騎士、それが軍神キング。
今目の前にいる剣を携えたこの男こそが、そうだというのか。

「・・・黒バラの魔女。俺は先の戦いで貴様に敗れ、すべてを失い帝国を追われた。だが寛大な皇帝陛下は、貴様を献上することを条件に、俺が帝国に戻ることを許された。」
「なに・・・」
「これ以上この集落を破壊されたくなければ、大人しく我らの捕虜となれ、黒バラの魔女。」
「!!」

ジャックの言葉に、息を飲む音とともにその場はさらなるどよめきに包まれた。
『皆の命と引き換えに、遊星の身柄を』
今度は集落の人々が、先ほどの遊星とラリーの立場に立たされてしまったのだ。だがしかし、誰ひとりとして遊星に「行ってくれ」とは言わなかった。皆、遊星がこの集落を守ってくれる魔術師である前に、集落の一員として家族として遊星を慕っていたからである。

「・・ふっ、ふざけんなよ、ジャック!てめぇ、遊星に命を助けてもらったってのに、その恩を仇で返すつもりか!?それに、遊星は黒バラのま―――ッ!?」

憤りに任せて叫んだブリッツだが、それは途中で肩を強く掴み引き寄せた遊星によって遮られた。

「ッ遊星、なにを―――」
「それ以上言うな」

仮面越しでその蒼い瞳は見えないはずなのに、射抜くような視線に射竦められブリッツは止む無く口を閉ざした。遊星はラリーをナーヴに預けるとゆらりと立ち上がり、魔騎士たちの方へ向かって前へと足を踏み出した。

「っ待て、遊星!!」
咄嗟に伸びたナーヴの手が、遊星の細い手首を掴んだ。

「行くな、遊星!ジャックを助けたことを悔いているのなら、それはお前の所為じゃないっ!お前ひとりが責任を感じる必要なんてないんだぞ!!」
「ナーヴ・・・」

幼馴染にはお見通しだったようだ。だが遊星はその手を振り払い、ナーヴたちから距離をとると先ほどよりも小さい人々を覆い尽くす程度の結界を再び出現させた。

「遊星っ!――ぶへっ!!」

引き留めようと飛び出したタカだが、結界に弾き返されてしまった。(ヘンな声は結界にぶつかった為)
新たな結界は、内側からも外側からも侵入を阻むものだった。

「遊星!!」

ブリッツとタカは手が痛むのもかまわずドンドンと結界を叩くが、魔獣の攻撃をも防ぐ結界だ。人の力ではびくともしない。
遊星は結界に歩み寄り、白い仮面を外した。

「・・・俺は、ジャックを助けたことを後悔してはいない。」
「遊星・・・」
「皆、帝国人を匿っていたことを黙っていて悪かった。俺のせいで皆を危険な目にあわせてしまった。」

すまないと謝る遊星に、人々はそんなこと、と囁き合う。同じ集落に住む人々は遊星がどれだけ優しい青年か知っており、誰も責める言葉を口にしなかった。
そして今、遊星が自分たちの為に選ぼうとする選択に悲しげな目を向ける。

「ナーヴ、タカ、ブリッツ。ラリーと・・・アキのことを頼む。」
「遊星っ・・」

遊星は、滅多に見せない柔らかな微笑を見せると再び魔女の仮面を付け、踵を返して結界から離れていく。

「遊星!!」


友の叫びにも振り向かず、遊星は歩を進める。
帝国軍の、ジャックのもとへ―――――




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