破壊神の系譜

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  17.「攻防」  




 「―――結界を取り囲みなさい。全包囲から攻撃を仕掛けるのです。」

 攻撃が始まると同時に、イェーガーは風船を利用した独自の飛行機能で後方に下がりそこから指示を下した。(その風船にピエロのような模様が描かれているのは何故か?)
 本来、指揮官として戦場に立つことのないイェーガーであったが、だからといってその能力がないわけではない。
 状況を見据えて人を動かすことに関しては長けている方だ。
 ただ、武官でない彼は騎士たちとの繋がりも薄いため、戦況では時に勝利をも左右する上司と部下の信頼関係がない。
 よって、イェーガーは今回あえて単調な指示を下す火力を重視した戦術をとることにした。

 3体の魔獣は結界の上空から、他の魔獣達は四方八方を取り囲み、一斉に結界に攻撃を仕掛けた。
 繰り返される容赦のない攻撃に、結界の効力は徐々にそがれてきている。
 破られるのは時間の問題だった。

 「ヒッヒッヒ、これほどまで広範囲に結界を張れるのは見事ですが、所詮外部の侵入を拒むだけのモノ。これだけの攻撃を受け続ければ、破れるのも時間の問題・・・!?」

 余裕の笑みで構えていたイェーガーであったが、突然、結界とは別の位置で発生した爆音に目を向けた。

 「む?何事ですか?」
 「わかりません!なぜか、仲間が仲間の魔獣を攻撃したようで・・・おいっ、何をしている!」

 騎士たちにも、何が起こったのかわからないようだ。同仕打ちをした魔獣はひどく気を立てて、仲間の魔獣を威嚇している。
 魔獣達の知能はその個体によって様々であるが、たとえ仲間でも攻撃を受ければ怒りを生じる。
 主である騎士の命令も聞かず、今にも攻撃を仕掛けていきそうな勢いだ。

 「何があったんだ!―――ッ、うわっ、なんだこれは!?」

 一人の騎士が驚愕したのは、いつの間にか自身の操る魔獣の頭に平然と立っていた灰色の人型魔獣。
 スピード・ウォリアーは両手を軸に手綱を握る騎士に回し蹴りをくらわすと、そのまま反転し魔獣の頭を強く蹴りつけて、近くの別の魔獣に飛び移った。
 当然コントロールを失い、怒り狂った魔獣は暴れだし見境なくして周囲に攻撃し始めた。
 空中の騎士たちは一気に大混乱に陥った。

 「おやおや・・・あれしきのことで取り乱すとは、指導がなっていませんねぇ。」

 そんな中でもイェーガーは慌てることなく、大型の魔獣の中を飛び交う小さな人型魔獣に標準を合わせて、手元のデータファイルを開いた。

 「(―――LV2スピード・ウォリアー、戦士族。ふむ、攻撃力はさして高くはないですが、あのスピードと機動力。よほど術者とのシンクロ率が高いと見える。)」

 イェーガーは、また1体、騎士の魔獣を挑発するように引きつけては他の魔獣に飛び移っていくスピード・ウォリアーを妖しげな瞳で追った。



 魔獣は種類、能力ともに数多くの個体が確認されており、それらはいくつかの項目によって分類されている。

 まずは、レベル(LV)。魔獣は強さを12段階に分けられており、LVによっては特殊な召喚方法を要するものもある。それらは主に上級モンスターと呼ばれ、攻撃力・防御力、特殊能力も強力になっている。
 次に種族であるが、魔獣の形状とその特殊能力から分類されており、現在22種族が確認されている。種族は術者の魔力との相性に影響があるらしく、魔獣を使役する術者は同種族を僕(しもべ)にすることが多い。
 その相性を数値に現したのが、シンクロ率だ。シンクロ率が高ければ高いほど、術者は魔獣の能力を引き出すことができ、逆にシンクロ率が低ければ魔獣の能力は発揮されず特殊効果も発動できないのだ。
 しかし、このシンクロ率。術者の魔力の多くを魔獣に賦与するためか、魔獣に与えられたダメージは術者にまで伝わってしまうのだ。魔獣の能力を引き出すため必要なシンクロ率だが、それは術者の身も危険にさらす諸刃の力でもある。



 ふと眼下を見下ろすと、イェーガーは弱まった結界内の中に黒い異質な物体の存在に気づいた。
 黒いローブに白い仮面。
 報告通りの黒バラの魔女の姿に、イェーガーは赤い口の端を吊り上げた。

 「(シンクロ率は、82%・・・しかし、報告では黒バラの魔女は植物族の魔獣を操る術者のはずですが・・・?)」
 わずかな疑問を抱きつつ、イェーガーはとりあえず目の前の事態を収拾することにした。

 「さてさて、あの羽虫を追い払うには―――ジェスター・コンフィ、召喚。」
 イェーガーが軽く手を掲げた先に魔法陣が出現、ボールの上でおどける小太りなピエロが現れた。

 「プロローグもそろそろ終了です。舞台の道化には、幕袖に戻っていただきましょう。ヒッヒッヒ」
 イェーガーが合図するとともに、ジェスター・コンフィはボールを弾ませて、ぽーんと乱闘の中へ飛び込んでいった。


 魔獣たちの追撃をかわし、俊敏な動きで騎士たちを翻弄するスピード・ウォリアーだったが、突然背後に現れた新手の魔獣に両腕を掴まれて動きを封じられてしまった。
 もがき拘束を解こうとするスピード・ウォリアーだったが、ジェスター・コンフィはそれをあざ笑うかのようにニタリとそのペイントされた口端を吊り上げて、次の瞬間、ポンッという白い煙幕の爆発とともに色鮮やかな紙吹雪を残して跡形もなく消えてしまった。




 「スピード・ウォリアー!?」

 地上にいた遊星は、突如として消えてしまった僕に驚きの声を上げる。

 攻撃を受けたわけではない。
 突然現れた道化師のような魔獣。あれの特殊効果か。
 術者にダメージがないところを見ると、強制送還させられてしまったのだろう。
 魔獣は召喚後、術者の意思で送還されるかまたは術者の魔力が途絶えた時のみその存在を維持できなくなり消滅する。しかし、ある種の魔獣の特殊能力によって術者の意思に添わずに送還されたり、または破壊されることがあるのだ。

 魔騎士たちは、攻撃力の高い魔獣を使役するものが多い。
 ただの力押しの戦法ばかりと思っていたが、支援型の術者もいたのか。
 だが、十分に時間は稼げたはずだ。
 まだ統率がとれていない騎士たちに、もう一度魔獣を召喚し奇襲をかけるべきかと思案していた時、

 「遊星!!」

 呼ばれ振り返ると、集落の方からナーヴが息を乱して走ってきた。
 その足元には、ロードランナーも付いてきている。

 「遊星、みんな広場に集めたぞ!」
 「そうか、わかった。ナーヴも広場へ。俺もすぐに行く。」
 「おう!」

 引き返すナーヴの後を追って、遊星も広場へと向かう。
 隣を並走するロードランナーの頭に軽く触れると、出現させた魔法陣で送還する。
 漆黒のローブをひるがえして、遊星は駆け出した。



 「ええい、いつまで取り乱しているのです。早く攻撃を再開しなさい!」

 邪魔者を消したところで、騎士たちは未だ統率がとれずにいた。
 真の将がいなくてはこんなにも脆いものなのかと、イェーガーはややイラつきと諦めの境地にいた。
 確かに、飛行型の魔獣は形状の大きいものが多く制御するのは難しい が、もしここが戦場であったならば、あっという間に撃墜されているであろう。
 やはり、自分は指揮官には向いていないと、イェーガーは客観的評価を下していた。

 ふと。
 イェーガーは、すでにボロボロになっていた結界に変化が生じていることに気づいた。
 結界が、その半球状の形をそのままに収縮し始めたのだ。
 効力が切れたわけではない。
 結界は収縮し、その密度を高めより強固な結界へと転じたのだ。

 「籠城というわけですか。しかし、それこそが我らの仕組んだ罠なのですよ。イーッヒッヒッヒッヒ!」

 イェーガーは騎士たちを率いて、森に降下した。






 集落の中心、広場では人々が集まり、皆一様に不安げな表情で身を寄せ合っている。
 女子供、老人たちを中心に集め、その周囲を若者たちが彼らを守る様に囲っている。
 そして、広場から少し離れた結界の端に位置するところで、遊星は地面に描かれた光を放つ魔法陣の上に立ち、魔騎士たちを迎え撃つように上空を見上げていた。


 嵐のような羽音を立てて帝国の魔獣たちが結界へと近づいてくる。
 数体の魔獣が、同時に結界へ向けて攻撃を放った。
 凄まじい爆音が響き、人々の恐怖の声が上がる。
 しかし、爆発による空気の振動は伝われども、結界はびくともしない。
 仲間たちが戻ってくるまで、必ずこの場を守り通す。
 遊星は結界の外の魔獣の群れを、仮面越しに強い眼差しで見据えた。

 効果のない攻撃はすぐに止み、燃え上がる結界外に残されたテントの狭間に巨大な魔獣たちが降り立った。
 間に結界があるとはいえ、遊星と魔獣達の距離はわずか十数メートルといったところだ。
 不当な侵入を遂げた魔騎士たちに、遊星は仮面によってくぐもった声が聞こえるよう、声を張り上げて言った。

 「帝国の者ども!ここは、我らサテライトの領地。如何な理由があって足を踏み入れた?不意を突き、一方的な攻撃を仕掛けるのが帝国のやり方か!?まもなく、騒ぎを聞きつけた仲間たちがお前たちを根絶やしにするため駆けつけるだろう。命が惜しければ、今すぐ去れ!!」

 瞬間、ぶわりとした風圧が、肌を打つ。
 遊星の激情に呼応するかのように、彼の身体からあふれ出した魔力が大気を震わせたのだ。
 普段の冷静な性格からは思いもつかない激高した遊星の叫びに、彼をよく知るナーヴたちですら、その後ろ姿に戦慄を覚えた。
 騎士たちも、魔女の気迫に押されてわずかにたじろいでいる。
 ―――これが、黒バラの魔女。サテライト最強の魔術師。

 しかし、そのなかで蛇に睨まれた蛙のように立ち尽くした騎士たちの間をすり抜けて、前へ歩み出た者がいた。

 ずいぶんと背が低い、しかし妖しげな雰囲気を全身に纏わらせたようなその男は、騎士たちとは違い甲冑などの鎧も武装も何も無く、真紅のビロード仕立ての衣服に身を包んでおり、辺りは木々ばかりと剥き出しの大地、ついでに彼らによって炭にされたテントの残骸の中に立つ彼の姿は非常に異質であった。
 男は結界の一歩手前まで来ると、胸に手を当て深く頭を垂れた。

 「―――お初にお目にかかります、黒バラの魔女よ。私(わたくし)は、イェーガー。ネオドミノ帝国宮廷補佐官を務めております。以後お見知り置きを。」
 嫌味なほど丁寧な物言いと仕草に、遊星は初めて遭遇する類の対象にわずかに動揺を呈した。

 なんなんだ、この男。
 これが、帝国の貴族というものなのだろうか。
 戦場にはあまりにも場違いな風体の男に、遊星は慎重に様子を窺った。

 「宮廷補佐官?」
 「帝国で皇帝陛下の次に権威を持つ、枢機卿レクス・ゴドウィン猊下に仕える者でございます。」

 遊星に帝国のシステムなどは分からなかったが、男―――イェーガーの言っていることが正しければ、彼はかなり高官位の人物だということだ。
 戦場に出る騎士とは、まるで違う立場の。
 なぜそのような男が、わざわざサテライトの辺境まで足を運んだのか。


 「・・・なぜ、そんな奴がここへ?」
 「猊下直々のご命令でしてね。迷子のお迎えに来たわけです。」
 「迷子?」

 聞き返した遊星が答えを聞こうとした時、不意に背後でざわめく声に気付いた。
 何事かと振り返ると、ナーヴもタカもブリッツも、皆一様に驚いた顔をしている。
 そして遊星も、そこで目にしたものに息をのむ。


 「(っ、ジャック―――!?)」


 集まった集落の人々を挟んだ向こう側、
 ラリーを肩に担ぎ、あの装飾のついた剣を携えたジャックが、そこに立っていたのだ。

 「(ジャック、なんで・・・)」
 なぜ、ここへ来たのか。
 集落の皆はジャックの存在を知らない。見覚えのない、どう見てもサテライト人にも見えないジャックの姿を目の当たりにした彼らがどれほど驚くか。ジャックにも、それはわかっていたはずだ。
 なのに、なぜ今皆の前に姿を現してしまったのだろう。

 そこでふと、ラリーの様子がおかしいことに気付いた。
 ジャックの肩に、だらりと上半身が背中に垂れ下る様に担がれて、全く動く様子がない。具合でも悪くしたのか。まさか、さっきの騒ぎで怪我を?だが、それならジャックの抱え方も妙だ。あれでは、担がれているラリーに負担がかかってしまう。

 ジャックは、その紫の瞳をまっすぐ見据え、ゆっくりと集まった人々を迂回して遊星のもとへ歩いてきた。
 途中、困惑したナーヴたちが「お、おい・・・」と声をかけても無視して、光の魔法陣の中にいた遊星にすら目もくれず、その傍を通りすぎて行った。

 「(ジャ・・・ク・・?)」

 すれ違い、背後に向かって行ったジャックを、遊星は壊れた人形のようにひどく緩慢な動作でその姿を追った。
 ジャックは、結界の目の前に立っていた。ちょうど、遊星とイェーガーの直線上にあたる。
 ジャックは強固な結界を眺めるように首を軽く巡らせてから、肩に担いでいたラリーをゆっくり足元に下ろした。その無垢な顔の瞳は閉じられている。
 立ち上がったジャックは、遊星に向きなおり、「遊星」と一言、名を呼んだ。

 「遊星・・・結界を解け。さもなくば―――」


 すらりとした銀の刀身が、白日の下にさらされる。
 初めてその輝きを見たとき、とてもきれいだと思ったのだ。
 曇りのない、ジャックの鋭いその紫色の眼差しに似ていて。


 「さもなくば・・・ラリーの、命はない。」

 小さな喉元に突きつけられた、白銀の刃。







 どこから嘘だったのか

 俺は、信じたかった
 ジャックが


 ここにいたい、と言った


 その言葉を





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