破壊神の系譜
16.「懐疑」
外へ出ると、集落全体が騒然としていた。
すでに上空には、数体の飛行型の魔獣が集落を包囲し旋回しながら攻撃態勢を取っている。
結界は集落を中心に広範囲に張られているため、まだ魔獣とは距離があったが、大型の魔獣を見慣れていない者たちはその狂暴な面に恐れおののき、子供たちをテントの中に引き戻し、騒ぐ家畜たちを慌てて小屋の中に追いこんでいった。
今空にいるのはカース・オブ・ドラゴン。
その上には、騎士の甲冑を身に纏った男が手綱を掴んで乗っている。
そのうちの一体が、集落に向けて口から火球を発なった。
直激した瞬間の爆発で、不可視の結界が歪みたわむ。
2撃、3撃と連続する攻撃に爆音が響くたび、人々が恐怖の悲鳴を上げる。そして、ついに破れた結界の隙間から、ひとつの火球が集落の中に飛び込んだ。
テントに直撃した火球は、見る間にテントの布を燃やしつくしていく。
「おいっ、早く逃げろ!!」
燃え盛るテントに飛び込んだナーヴは、煙が充満し始めた室内の奥に、2人の幼い子供を抱きかかえて縮こまる母親を見つけた。まだ火は回っていないようだが、可燃性の高いテントはすぐに崩れてしまう。
子供の一人をタカに預けて、ナーヴは母親と、母親の抱える子どもを連れてテントの外に転がり出た。
同時に崩れ落ちるテント。ほっとするのもつかの間で、見上げた先には再び放たれた火球がナーヴたちめがけて落ちて来ていた。
「(もうだめか――!)」
覚悟を決め掛けたその瞬間、爆発とは違う暴風が全身に打ちつけられ、燃え盛る炎を何かが遮った。
「シールド・ウィング!!」
叫ぶ声に振り向く間もなく轟いた爆発の衝撃に、ナーヴは親子をかばうように地面に伏せた。
焦げる匂いと爆音の後にそっと目を開けると、大きな青い鳥が翼を広げてナーヴたちを炎から守っていた。
「ナーヴ、タカ、大丈夫か!」
「遊星!」
駆け付けた遊星のローブと仮面を着けた姿にはわずかに驚いたが、ナーヴは親子を他の仲間にまかせて遊星のもとに駆け寄った。
仮面を外し、射抜くような蒼い瞳。
その戦う者の目を見たのは、久しぶりだと思った。
「お前たちは、みんなを集落の中心に集めてくれ。」
「どうする気だ?」
「結界の範囲を狭めて強度を保つ。アキたちが戻るまでなら持ちこたえられるはずだ。」
それだけ言って行こうとする遊星を、ナーヴは咄嗟に腕を掴んで引き戻した。
「ナーヴ?」
「遊星・・・ジャックは、どうした?」
「? 俺のテントに、ラリーと残ってもらっているが・・・」
いつにない真剣な幼馴染の表情に、遊星は向き直って背の高い顔を見上げた。
ナーヴは、一瞬タカと目を合わせると、言いにくそうに口を開いた。
「なぁ遊星、最近ジャックに変わったことなかったか?」
誰かに会っている、とか―――
その言葉に遊星は軽く目を見開き、やがて意識しないようにとは思いつつ、いつもの無表情に――やや眉をひそめて、口を開く。
「・・・いや、なぜだ?」
声の調子が、低くなる。
ナーヴのわずかな言葉で、聡い遊星は彼が何を言おうとしているのかわ かってしまったのだ。
――馬鹿な。たとえ友の言葉でも、そう思わずにはいられない。
しかし。それを否定する言葉も、いまの遊星には即座に言うことができなかった。
「もしかしたら、この攻撃、ジャックが帝国の奴らを手引きしたんじゃ・・・」
「まさかっ!お前ら、ジャックのことを疑っているのか?!」
遊星を呼びに行っていたブリッツは、二人がたどり着いた見解を知らなかったのだろう。
驚きを通り越して憤るブリッツに、タカも、信じたくはないけれどというように言い放った。
「だけど、サテライトでこの集落だけが襲われてんのはおかしいじゃん!それも、留守の多いこの時を狙ったみたいにさ。」
言い争う三人の声は、あたりの喧噪もろとも、遊星の耳には入らなかった。
ジャックが帝国と内通?
そんなこと、信じられなかった。
すでに帝国とは関係ないと言っていたジャック。
傷が治り動けるようになってからも、慣れない手つきで食事の手伝いをしてくれたり、ゲームや他愛のない話をして過ごした楽しい時間。
あれらが全て、嘘だったというのか。
信じられないし、信じたくはなかった。
だが、昨日は?
昨日、ジャックは明らかに様子がおかしかった。
何を聞いても上の空で、ずっと何かを考えているようだった。
そして、湖でのこと。
いままで、なんの素振りも見せなかったジャックの突然の暴挙。
あれは、ジャックをそこまでさせる何かがあったのではないか。
でも、何が。
分からない。いまはジャックのことが、何もかも。
そして、ふと思う。
自分は、ジャックの何を知っているのだろう。
初めて会った、どこか珍しい気質の帝国人。
矜持が高く少し意地悪で、ふとした時に見せてくれる彼の優しさに甘えていただけの自分。
ジャックの悩みも、なにも考えようとはせず。
これがラリーやナーヴたちなら、すぐに気付いたのかもしれないが。
「・・・俺は、ジャックを信じたい。」
ここに残ると言ったあの言葉を。今は、それだけを信じたい。
「遊星・・・」
「この襲撃の意図が何であれ、今はみんなの安全を守ることが先決だ。俺は、みんなを守るために戦う、それだけだ。」
静かに言い切る遊星にナーヴたちも顔を見合わせ、肩をすくめ、昂っていた気持ちを静めるように大きく息を吐き出した。
「・・・そうだな、遊星。わかった、俺たちにできることがあったら言ってくれ。情けないが、今はお前の力だけが頼りだ。」
「ああ。―――ロードランナー、スピード・ウォリアー、召喚!」
遊星が手をかざすと、地面に小さな魔法陣が二つ現れ、二体の魔獣が飛び出してきた。
一体はスピード感のあるフォルムをした人型の魔獣で、もう一体は赤い靴を履いたピンク色の鳥だった。
「ロードランナーは、集落を回って逃げ遅れた人がいたらナーヴたちに知らせてくれ。スピード・ウォリアーは、みんなの避難がすむまで、敵をかく乱する。」
主の指示に頷いた魔獣達は、すぐさま行動を開始した。
「じゃあ俺らは、みんなを広場に集めてくる。」
「遊星、あまり無理はするな。」
「わかってる。頼んだぞ、みんな。」
「おう」と拳を上げ、駆けていく仲間たち。
その後ろ姿を見送った遊星は、じわりと感じる疲労感に深く息をついた。
はぁ、と胸元を押さえ吐く息は、すでに浅く早いものになっている。
ナーヴたちの手前、心配させないよう我慢していたのだ。
たった二体の魔獣を召喚しただけなのに、胸の奥が重くなった気がする。
思った以上に、自分の残り魔力は少ないようだ。
だが、仲間たちが戻るまで、何としてもこの集落を守らなくてはならない。
遊星は白い仮面をつけ直すと、集落のはずれに向かって駆け出した。