破壊神の系譜

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  15.「奇襲」  




 ブリッツの告げた信じられない事態に、遊星は言葉を失った。

 帝国軍の奇襲。

 今まで、幾度も戦火を交えてきた帝国軍とサテライトだが、
 その戦場はサテライトを覆い尽くす深き森にまで及ぶことはなかった。それはサテライトが森の入口に鉄壁の防衛ラインを張っているためであり、未だにそこを破られたことはない。
 戦はいつも、サテライト側から仕掛けられることはなく、攻めてくる帝国軍を迎え撃ち守りに徹する。それが魔獣達を戦いに巻き込むことを良しとしない、サテライトの掟であった。


 「帝国軍が攻めてきたって、どういうこと!?なんで俺たちの集落に?」
 「わかんねぇよ、そんなこと。けど、昨日まで他の集落が攻められたなんて話はなかった。あいつら、この集落だけピンポイントで狙ってきやがったんだ。」

 遊星たちの集落は、サテライトの中でも奥まった場所にある。それこそ戦火の炎など無縁な場所で、戦に赴く魔術師たちの多くが家族をこの地に残していた。そして強固な結界を張ることができる遊星の存在で、この集落はサテライトで最も安全な集落と言われていた。
 故に、いまこの集落で戦えるほどの力を持つ魔術師は遊星しか残されていないのだ。
 帝国軍は飛行型の魔獣を従える騎士団を編成し、もう目に見えるところまで迫っているらしい。森からは、所々に火の手が上がっているそうだ。

 「ど、どうしようっ・・アキたちも、まだ戻ってきていないんだよ?」

 不安げに濃紺の衣を握りしめてくるラリーの小さな肩を、遊星はそっと抱き寄せた。

 事態は深刻だった。
 遊星の結界も、激しい攻撃には耐えることはできない。
 遠征に出た仲間たちが戻ってくるのは、夕方。
 しかし、帝国軍の目立つ動きにはすでに気が付いているはずだ。
 わずかな時間でも稼げれば、応援が駆けつけるかもしれない。

 しかし。

 遊星に不安がよぎる。
 いまの遊星は、体調が万全ではないのだ。
 昨夜の魔力の暴走と治癒魔法のため、遊星の魔力は激減していた。ほとんど眠ることもできず、回復もままならなかった。どれほどの時間を持ちこたえることができるか。
 だが、やるしかない。いまこの集落を守れるのは、遊星しかいないのだから。

 「遊星?」

 踵を返し、突然片付けられて籠の中で最も奥にあったものを引っ張り出してきた遊星に、ラリーは怪訝に声をかける。それはジャックが来てから一度も開けられなかった籠の一つで、その中から取り出されたものにラリーとブリッツがはっと目を見張った。


 足もとまで覆いそうな、裾の長い漆黒のローブ。
 そして、冷たい表情をたたえた白い仮面。

 戦場で幾度も目にした魔女の姿に、ジャックはわずかに目を細めた。


 「俺が行く。アキたちが戻るまでなら、なんとか食い止められると思う。」
 「でも遊星、具合・・・」

 悪いんじゃないか、と言いかけたラリーの口元を遊星はそっと押さえた。
 ラリーは気づいていた。今朝から遊星の様子がおかしいだけでなく、身体に不調をきたしていることを。

 「俺は大丈夫だ。ラリーはここにいろ。・・・ジャックと一緒に。」

 最後の言葉は小さくなってしまった。
 こくりと頷くラリーを確認して、遊星はわずかに逡巡したのちジャックのそばに行って膝をついた。

 「・・・ジャック、ラリーのことを頼む。」
 「・・・わかった。」

 抑揚のない答えだった。
 帝国軍が攻めてきたことを、ジャックはどう思っているのだろう。ここに残ると言ってくれたが、帝国が彼の祖国であることに変わりはない。もしかしたら今攻めてきた騎士の中には、彼の友などもいるかもしれないのだ。守るためとはいえかつての仲間と戦う自分を、ジャックはどう思うのだろう。

 ふと頭をかすめた思いは、今は忘れることにする。
 考えていては戦えない。
 今は、仲間を守らなくては。
 そして――

 「・・・ジャック」
 「遊星?」

 遊星は立ち上がる直前、少し身体を傾けた。片膝を立て、その上に腕を乗せていた肩に軽く触れて至極自然に顔を近づける。その位置は、ちょうど背後にいるラリーやブリッツには死角になっていた。

 ――俺は。

 かすめるように触れた唇の柔らかな感触に、紫の瞳は軽く見開かれる。

 ――ジャックのことも、守りたい。

 「行ってくる。」

 離れると同時に白い仮面で表情を隠すと、遊星は即座に踵を返し垂れ布を跳ね上げてテントを出ていった。
 帝国軍を、迎え撃つために。










 ブリッツも遊星の後を追って出ていき、残されたラリーは力が抜けたようにその場にすとんと座り込んだ。

 遊星は強い。おそらく、このサテライトで遊星に敵う魔術師はいないだろう。
 しかし、今日の遊星は調子が悪そうだった。そのことがこのモヤモヤとした不安をぬぐいきれないでいる。
 でも、遊星はいったいどうしたというのだろう。ここしばらくは魔獣も召喚していなかったはずだし、治癒魔法だって使っていないはずだ。
 なのに、どうして。

 「遊星・・大丈夫、だよね・・・」

 気休め程度に呟いた言葉に、返事はなかった。
 振り向くと、ジャックはテントの隅で敷物の下に隠してある、あの剣を取り出していた。

 「ジャック?なにやってんの?遊星はここにいろって・・・」
 「ラリー」

 突然名前を呼ばれて、ラリーはきょとんとした。

 ジャックはラリーの目線に合うように膝をついた。
 真正面からまじめな顔でジャックに見つめられて、ラリーはちょっと緊張した。そして、ふとジャックって本当にかっこいいよなぁと、場違いな感想が浮かぶ。

 「ラリー、今攻めてきた帝国軍は、元は俺の仲間だ。俺が行けば、奴らを引かせることができるだろう。」
 「ほんと!?」
 「あぁ。だが、今の俺は帝国の裏切り者だ。奴らを黙って引かせるには、帝国に忠誠を示さなければならない。」
 「ちゅうせい・・??」

 聞きなれない言葉に、ラリーは首を傾げる。
 ラリーに帝国の事情なんてわからない。でも、奴らを追っ払うことができるなら、遊星も危険な目に合わなくて済むのだ。

 「・・・そのためには、お前の協力が必要だ。」

 手伝ってくれるか、と聞かれれば、是と言わなくてどうする。
 ラリーは一も二も無く目を輝かせて頷いた。

 「うんっ!俺にできることなら、何でもするよ。」
 「そうか・・・」

 静かに確認したジャックは、すっとラリーの首のあたりに腕を伸ばした。
 なんだろうと思う間もなく、鈍い音とともに首筋に衝撃を感じた。

 「、あ・・・」

 一瞬息が止まるような感覚。
 ぐらりと傾ぐ視界に、世界が回ったかのような気がした。
 急速に力の抜けていく身体は、倒れる前に力強い腕に受け止められる。狭くなっていく視界に、ラリーの意識は途切れた。








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